目次
Mad Skills Styler YOSHIKI
パフォーマーインタビュー
今回は数々のタイトルを取得する、日本を代表するダンサー、
Mad Skills Styler のYOSHIKIさんにインタビューをしてきました。
YOSHIKI
Mad Skills Styler / AREA ROCK STYLER / RECKLESS
若くして数々のタイトルを獲得し、
ダンスの世界で活躍するYOSHIKIさんに今回はお話を伺いました。
是非ご覧下さい。
思いがけない始まり
ダンスを始めたきっかけ
Q. ダンスを始めたきっかけを教えてください。
ダンスを始めたきっかけは、幼稚園のお遊戯会でV6を踊った際にそれを見た幼稚園の先生が、
親にダンスが上手いのでダンスをはじめてみては?と言ったらしく、
ちょうど地元にダンススクールが出来る事を知った親が、姉も興味があることから、連れて行かれました。
ただ、その時はまだダンスに興味が無かったんです。
Q. 本格的にダンスを始めたのはいつからですか?
本格的に始まったのは小学2年生です。
当時ダンスにどんどんのめり込んでいった自分は、友達が漫画やゲームで遊んでいる中、
自分にとってはダンスが遊びで、ダンスの映像を観たりしてました。
みんなとは遊ぶものの、遊びの感覚が友達と違ったのを覚えています。
Mad Skills Styler 発祥
ダンススクールに通っている中、同世代の子は一人しか居なくて、
その子と必然と仲良くなりました。
その時ちょうどダンススクールの先生が結婚し、結婚披露宴の時にダンスをしてくれと頼まれました。
ダンスをするにあたり、1999年、チームをRYUICHIと結成する事になり、
それが今のMad Skills Stylerです。
自信が結果に繋がる
今までの受賞歴
Q. 今までの受賞歴をお教えてください。
当時は今と違い小学生の大会は特になく、スクールでの発表会で披露するくらいでした。
中学校2年生の時に全国大会があり初めて出場しました。それは東と西で予選があり、
それを勝ち抜き、全国大会で準優勝しました。
初めての大会で、自分たちは自信しか無く、また、周りのレベルも知らないまま挑みました。
絶対優勝すると思っていたので、準優勝という結果に当時ものすごく悔しかったです。
次に大きなタイトルは24時間テレビのダンス甲子園です。
これは一般の多くの人にMad Skills Stylerを知ってもらえた大会でした。
相方が一個下なので、高校生の大会である以上、出場が認められるのは2回、
自分たちはそこで2回とも優勝しました。
2冠はダンス甲子園至上まだ居ないそうです。
優勝からの苦悩
優勝がきっかけで地方のイベントなどに呼んでもらえるようになりました。
また中国とフランスにも呼ばれ、高校生二人で日本代表として行ったのを覚えています。
ここでは苦悩を味わいました。
当時、言葉の壁や日本人への対応など、パフォーマンス以外での部分で
鼻をへし折られたので、この経験が無かったら今の自分は居ないと思います。
そして舞台は世界へ
大学生になり、ギャツビーが主催するアジア大会に出場しました。
日本代表になり、そのアジア大会では2位いう結果でした。
この結果にどうしてもなっとく行かず、次の年に再度出て
優勝することが出来ました。
アジアとは世界でみれば、まだ狭いものの、アジア”1”と言えるようになり、
本気になれば取れるものだと思いました。
次に、大学を卒業してRECKLESSというチームで世界を狙いにイタリアへ行きました。
世界大会でショウケースでは1位通過したものの、総評ではベスト4という結果で終わりました。
次は世界大会優勝あるのみです。
妥協はしない
そんなYOSHIKIさんの普段の生活
Q. 普段、YOSHIKIさんはどのような生活をしてるのですか?
現在は原宿にあるダンサーズコレクションで週5くらいで働いてます。
また、[MADZ]というブランドを立ち上げ、デザイン、運営、マーケティングなどをしています。
その合間でダンスのネタづくりや練習をしています。
ダンスはやりたいときにやるのが、自分のスタンスです。
Q. 正直この生活は大変ではないですか?
自分で言うのもなんですが、ひく程しんどいです。
忙しいとやりたいことも嫌になるし、デザインなどはノルマなんて無いですけど、
ここで自分に厳しくないとどうしようもないと思ってます。
たとえどんなに忙しくても、やることは絶対やる。
ただ去年、忙しい時期にだんだんロボットの様になり自分がなくなってしまいそうでした。
ただ、価値を見出し、バランスを取れるよう心がけてすべて行動しています。
妥協したら終わりの世界だと思ってるので。
真面目な人生
もしダンサーではない人生だったら
割と周りからは真面目と思われています。
小学生の時は、スポーツ選手や学校の先生になりたかったです。
おそらく、ダンスという世界にあしを踏み入れてなかったら
サラリーマンをして平凡な生活を送っているだろうなと時々考えたりします。
なので本当にダンスに出会ってよかったと思っています。
強いて言うなら、音楽が好きで音楽の世界に行っていたかも知れません。歌う方ではないですが…。
現在もダンスの活動以外にDJとしてイベントに参加したりもします。
他には、海、川、山、など自然に触れると童心に戻れるので自然が大好きで、
何も無い田舎で一軒、ぽつんとcafeやbarをやっているのもありかな、
なんて思います。今の自分はすぐ飽きそうですが。笑
探求する気持ち
あなたにとってダンスとは。
この質問はたまに受けますが、正直これが解っていたらダンスはして無いと思います。
◯◯だからです。といえる自分はまだ居なくて、ダンスが生きる為なのか、ストレス解消なのか、
他にも方法があるからこそ、逆に魅力的だと思っています。
解っていればもっといいのかも知れませんが、現在は探求中です。
ただ、自分の人生にダンスがあり本当に感謝しています。
一つ言えるのはダンスが今の人生には必要不可欠なものです。そしてダンスに対して失礼な事はしないこと。これは肝に銘じています。
まだ見ぬ世界の為に
今後の目標
中学の時から常に目の前のものを目標にしてきました。
その時々でくるものに全力投球で挑んでいくことが、
これからとても大事だと思っていて、それをしないとダンスを始めた頃の自分が
どこかで悲しむと思っています。
具体的な目標ではないですが、その時々のターニングポイントで、
そこにどれだけ向き合えるかが、今後の夢に繋がると思います。
まだ見たことの無い世界に自分を持っていくのが現在の目標です。
座右の銘
最後に一言
『人は人、自分は自分』
どんな場面でも、自分自身が何なのか、ちゃんと自分と向き合っている人が凄く少ないと思います。
他人の評価でなく、自分自身の評価を信じて動けば、他人の心を動かせると思います。
インタビューを終えて
今回YOSHIKIさんにインタビューをさせて頂きましたが、
率直な感想、物凄くストイックな人間である事がわかりました。
中学生から数々のタイトルをとり、今や日本を代表するダンサーですが、
自分を信じて行動する所に、学ぶところが物凄くあると思います。
YOSHIKIさんには今後の活躍を期待しています。
それでは。
ANSCO9 DAISUKE